〈誰が誰の敵なのですか 私たちはみな不死ではないのに 生きていてほしいんです〉 詩人、谷川俊太郎が露のようにはかない命の尊さを思い、「生きよ」と訴えている作品。
この「生きよ」に逆らうように、厚生労働省(自殺対策推進室)は今月(3月)、 2021年の自殺者数を2万1007人と発表した。 毎月2000人弱、1日に60人近い人が自ら命を絶っている。
孤独、孤立、生きることに疲れた人々が、自死を選ぶ。 死の淵でさまようこうした人々の心の叫びに傾聴しながら、 生きる意欲を吹き込みたいとする第三者機関も多い。
半世紀の歴史を持つ「日本いのちの電話連盟」(通称「いのちの電話」)は、 北海道から沖縄まで県単位で全国に50カ所のセンターを開設し、 ボランティア市民約6000人を数える相談員が24時間、電話口で待機する。 自死にストップをかけるエキスパートたちである。
同事務局は、「毎年60万件を超える相談件数があり、ネットによる相談も増えました」 と言う。 このほか自殺防止の窓口グループとして、「東京メンタルヘルス・スクエア」 「よりそいホットライン」「自死・自殺に向き合う僧侶の会」などもある。
先の厚労省発表による年齢別自殺者数は、1位が50~59歳3618人、 2位が40~49歳3575人、3位が70~79歳3009人である。 どうして中高年層に自殺者が多いのか。
自殺要因のベスト3は高い順に「健康問題」「経済・生活問題」「家庭問題」である。 もっとも中高年層なら、健康、経済、家庭問題に大なり小なりほぼ共通した悩みを抱え込む。 なのになぜ一部の人は自殺に行きついてしまうのか。
「もう逃げ場がなく、最悪の自死にまで追い込まれてしまう背景には、 3点の要因があります」と分析するのは、危機管理会社「㈱リスク・ヘッジ」の田中氏。
「1つは『頭の柔軟性の欠如』、2つ目は『粘り強さの欠如』、3つ目が『強迫観念』です」 働き盛りの中高年は、多忙なビジネスで勤め先や、あるいは子育てに気を配る家庭内でも、 意見の相違で身内とぶつかることがよくある。 頭の中では対立しても、柔軟な対応をしていたら傷口も小さくて済むことはわかっている。
「(しかし、中高年は)それができない年齢なのです。 結果、孤立し、孤独化が始まり、死と向き合うようなことを考えてしまう」
2つ目の「粘り強さの欠如」とは、加齢に合わせて体力が次第に衰えていることもあって、 何もかも“面倒くさく”なってしまう。日に3度の食事さえも面倒になるケースも少なくない。 元気に生きようとする意欲が色あせてくる年代なのだ。
3つ目の「強迫観念」とは、周囲の出来事を恐れることで何かと不安を感じ、 “もうダメだ”と勝手に思い込んでしまうことだという。いわゆるマイナス思考である。
「極端な強迫観念の例はこうです。 年間1000億円の収入を順調にはじき出している経営者は、 翌年が1100億円の収入でないと満足しません。 もしも収入が1000億円を切ったら経営は大丈夫かと強迫観念に落ち込んでしまうのです」
経営者に学ぶ |
「頭の柔軟性の欠如」「粘り強さの欠如」「強迫観念」 中高年を自殺の入り口まで導くこうした難題の善処策はあるのか。
田中氏はそのヒントは経営者の立ち居振る舞いにあると言う。 「中小企業の経営者はさまざまなリスクを背負って働いています。 中には行き詰まり、自殺一歩手前という経営者もいます。 そんな経営者の幾人かから、『苦悩から逃れるためにできるだけ若い人と 話をするよう心がけて生きる力をもらっている』と聞きました。 頭に自殺の2文字がよぎった人はなるべく若い人たちに会うことです。 闊達に話し合う喜びを感じることです。 さらに相手が何を考えているかを知り、同時に若いエネルギーを吸収すればいいですね」
そう語る田中氏自身も企業経営者のひとり。 さまざまな難題に遭遇すると回答を見いだすために部屋に閉じこもり、 何日も考えることも少なくない。 それでも行き詰まった時は自ら若いグループに飛び込み、心を開いて会話をするという。
そうしたチャンスに恵まれない人は、 若い子がいる飲食店でバカ話をしながら、解放感を味わうことも選択肢のひとつである。 |
また田中氏は、自死を選択する人についてはこう警告した。
「まず、『立ち止まれ』と言いたい。 もう一度現実を直視し、死んだら家族がどうなるのか、 そして勤め先など周囲にいる親しい仲間たちの笑顔を思い浮かべてほしい」
経営者の中には自分の大切な人がいつもそばにいて、 あなたの行動を優しく見守ってくれていると考え、行動している人もいる。 それもまた、極端な行動を取り、自分を最後まで追い込まないための手段なのかもしれない。
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